更新日:2026/4/9
児童発達支援や放課後等デイサービスでは、保護者から「ワーキングメモリ」について聞かれることがあるため、その内容を整理し、日々の支援などに活かしたいと感じている方もいるでしょう。この記事では、ワーキングメモリの特徴から「学習・生活・不安」との関係、具体的な支援のポイントまでを、福岡教育大学の河村先生に解説していただきました。
児童発達支援や放課後等デイサービスでは、保護者の方から「ワーキングメモリとは何ですか」「家庭でできることはありませんか」とご質問を受けることがあるでしょう。発達障害のある子どもがよく受ける知能検査の「WISC-V」には、ワーキングメモリの指標(得点)が含まれているため、支援者はこうした相談を度々受けることになります。
ワーキングメモリは脳の記憶の働きの1つで、情報を一時的に覚えておく機能を指します。たとえば、暗算の際に計算をしながら数を覚えておくときや、隣の部屋へ行くときに何を取りに行くのかを覚えておくような機能です。
ワーキングメモリに弱さがある子どもは、暗算をしようとして数を忘れて計算間違いをしたり、隣の部屋に行ってから「何を取りに来たんだっけ…」などと困ったりすることが頻繁に起きます。
そこでこの記事では、ワーキングメモリと学習・生活・不安との関係を整理したうえで、支援のポイントをご説明していきます。
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ワーキングメモリの弱さは、読み書きや計算などの「学習面での困難さ」に関連することがあります。読み学習と書き学習の困難さについて見ていきましょう。
読み学習では、「だ」というひらがなに対して「da」という音を結びつけて覚えます。
ワーキングメモリに弱さがあると、各ひらがなに対応する音を効率的に覚えるのが難しく、なかなか習得できない場合があります。実際、読み学習に困難のある子どもでは、何らかの言葉を覚えるような「言語領域のワーキングメモリ」のテストで苦手さを示すことがあります。
一方、書き学習で「寒」という漢字を書くためには、全体の形だけでなく、12画の位置を正確に覚える必要があります。
ワーキングメモリに弱さがあると、一度にたくさんの画の位置を覚えられず、書きかけで止まったり、画数が過不足したりすることがあります。実際、書き学習に困難のある子どもでは、視覚的なイメージを覚える「視空間領域のワーキングメモリ」のテストで苦手さを示すことがあります。
ワーキングメモリの弱さは、「生活における困難さ」と結びついていることもよくあります。たとえば、言語領域の記憶に弱さがあると、今日の持ち物は「ノート、水筒、筆箱」と言われても覚えきることが難しく、どれか1つ、あるいは複数をどうしても忘れてしまいます。
ワーキングメモリに弱さのある子どものよくあるエピソードですが、「玄関に持ち物をすべて並べたのに、1つだけ持って残りを忘れてしまう」「服の前後や裏表を逆に着てしまう」といった困難さが日常生活でよく見られます。
これは、「1つのものだけに気を取られ、他の持ち物のことを忘れてしまった」「服を着ることに注意を払ったため、服の前後や裏表のことまで意識を回すことを忘れてしまった」のが原因です。
ワーキングメモリに弱さのある子どもは、日常生活の様々な場面で負担がかかります。「4時までにプリントを先生の机へ出してください」と口頭で言われたとき、少なくとも「4時」「プリント」「先生の机」の3つの情報を覚えておかなければ、正しく行動できません。ワーキングメモリに弱さのある子どもが、何を提出するのか忘れたり、期日を忘れたりして提出物が出せないのはよく見られる光景です。
「記憶」と言うと、過去のことを覚えておくイメージがありますが、ワーキングメモリは、「これからすること」のために情報を一時的に留めておく、言わば「未来に向かって情報を覚えておく」ような記憶の働きなのです。
性格にもよりますが、ワーキングメモリに著しい弱さのある子どもでは、失敗を繰り返すことで「また失敗するかも」と不安が高まったり、「自分はダメだ」と自己肯定感が低くなったり、時にはうつ症状が見られたりすることもあります。
たとえば、私たちは不安が高まると、「大丈夫、これは何とか乗り越えられる」と言葉で自分を励ましたり、「別のもっとよいやり方を考えてみよう」と不安を解消するための作戦を練ったりします。
ところが、「不安」そのものも情報の1つのため、「不安」がワーキングメモリを占めてしまいます。その結果、ワーキングメモリに弱さのある子どもでは、このような作戦を考えるための余地が脳内になくなってしまうことがあるのです。
以上のように、ワーキングメモリの弱さは、学習や日常生活での困難さ、自己肯定感の低下や不安とも関わっています。実際、不登校の状態にある子どものなかには、ワーキングメモリのテストの得点が低いケースが見られることがあります。
次項からは、具体的な支援方法について見ていきましょう。
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ワーキングメモリに弱さのある子どもがいたとき、どのような支援をすればよいでしょうか。真っ先に思い浮かぶのは、「ワーキングメモリを強くすればよい」という発想です。たとえば、以下のような方法があります。
療育のお買い物ゲームでは、「メモなしで、買うものをできるだけたくさん覚えてお店で買ってくる」というアクティビティがあります。情報をたくさん覚える経験を通じて、ワーキングメモリの働きを強くしようとする試みです。
料理はいくつかの作業が同時平行で進みます。レシピが手元にあっても、実際に作業するときはそこから目を離して、「砂糖が200g」などと覚えながら測らなければいけないものです。ワーキングメモリを鍛えることが主目的ではなく、「お菓子を作る」という本来の目的のために、自然とワーキングメモリを鍛えるような活動となっているので、楽しく取り組めます。
汗をかくような適度な運動習慣は、ワーキングメモリの働きにプラスであることが知られています。もちろん運動は万能ではありませんので、運動が得意でもワーキングメモリに弱さのある子どもはいます。しかし、運動は不安やうつを軽減する働きもあるため、ワーキングメモリの働きを阻害するものを減らすことにつながります。
睡眠不足は、ワーキングメモリの働きに影響します。ワーキングメモリに何らかの弱さのある子どもに尋ねてみると、眠りにつくまで2時間かかっていたり、夜中に頻繁に目が覚めていたりと、睡眠障害がある場合もあります。そう簡単にはいかないこともありますが、睡眠環境を整えるのは、ワーキングメモリの働きにとって重要なことです。
※「治療的アプローチ」との向き合い方
近年では、ワーキングメモリを伸ばすとされる遊びやアクティビティについての書籍が出版されていますので、参考にするとよいでしょう。ただし、このような「治療的アプローチ」を行ったとしても、読み書きや生活の困難さが改善するとは限りませんし、ワーキングメモリそのものも特に変化がないこともあります。このような治療的アプローチはわかりやすく魅力的ですが、それのみに時間を費やしすぎないようにしましょう。学習面で困難のある場合にワーキングメモリのテストをすると、言語領域は弱いが視空間領域は強い、またはその逆のパターンなど、様々な子どもがいます。読み書きの学習の際に重要なのは、「ワーキングメモリの弱さを補い、強さを活かすこと」です(治療的アプローチに対して「適応的アプローチ」と言います)。
ワーキングメモリの「言語領域に弱さがあり、視空間領域に強さのある子ども」のケースで考えてみましょう。
ひらがなや漢字の読み方を学習する場合は、弱い言語領域を補うために、一度に学習する文字の量を少なくします。その子どもが一度に覚えられる量をしっかりと見極めて、学習量を決めることが大切です。
たとえば、小学生が漢字熟語の読みを学習するときは、1回の学習で「4つの熟語」程度に絞ってプリントを構成することがあります。一般的に思われるよりも少ないのではないでしょうか。少ない量を確実に覚えるようにして、結果的に記憶の定着率をよくすることを目指します。
強みである視空間領域を活用して、漢字熟語の意味を表わす「絵」とセットで覚えるのも効果的です。ただ単にセットにすればよいのではなく、たとえば「野原」という漢字と野原の絵のセットを見せた後、別のプリントで「漢字と絵とを線で結ぶ」といったクイズ形式の活動をとり入れると、記憶に残りやすくなります。
今度は逆に、「言語領域に強さがあり、視空間領域に弱さのある子ども」のケースを見ていきましょう。
漢字を書くことに困難がある場合は、視空間領域の弱さを補うために、やはり一度に学習する文字の量を少なくします。繰り返し書いてもなかなか覚えられない子どもも多いため、そのような場合は「書く回数」自体も少なくします。
たとえば、漢字の書きに著しい困難がある小学生の場合、1回の学習で学ぶのは3文字程度のこともあります。少ないと思われるかもしれませんが、毎週の学習を積み重ねれば、1年間で約150字を学習できる計算になります。大量の学習で定着しないよりは、少量の学習で確実に記憶に定着させることを狙います。
強みである言語領域を活用して、「漢字を言葉に分解して、言葉で覚える方法」も効果的です。たとえば親という漢字なら、「立、木、見(立つ、木、見る)」のように分解して覚えます。こうした覚え方は辞典や参考書にも載っていますが、子どもと考えることもできます。
ある子どもは、「君」という漢字を「名探偵コナロくんと覚える」と言いました。よく見ると「コナロ」でできていますが、大人には思いつかない覚え方ですよね。しかし、このような覚え方は印象に残り、記憶に定着しやすくなります。
不安が高いと、学習する場に出られなかったり、教わっている言葉が頭に入らなかったりします。そのため、不安を低減する支援は重要です。たとえば、「問題の解法を間違っても怒られない」という心理的な安全性を確保します。
学習に困難のある子どもが、もし怒られて間違えないようになるのであれば話は簡単ですが、実際にはそうはならないものです。もし説明を受けたばかりなのに間違えるのなら、説明のやり方を変えるだけです。
また、不安そのものを低減するような支援も大切です。どのようなときに不安を感じるかを支援者と共有し、学習の前後で不安レベルを10段階で表わしてみると、学習後には不安レベルが下がっていることが多いものです。こうした活動を経て、学習前に不安が高いこと、実際に学習してみると不安が下がることを自覚できるようになると、以前よりも学習に取り組みやすくなります。
(執筆:発達ナビ編集部)
以上、ワーキングメモリの概要や学習・生活・不安との関係、具体的な支援のポイントを河村先生に解説していただきました。
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河村暁(かわむら・さとる):
福岡教育大学教職大学院教授。民間支援機関「発達ルームそら」にてワーキングメモリの観点に基づき学習支援を行ってきた。著書は、『ワーキングメモリを生かす指導法と読み書き教材』(学研プラス)、『LD・学習困難のある子どもへの「学習支援」入門』(ソシム)など多数。
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